ありがとうの数で測れること
最近良く思う。
私、ありがとう、ってよく言うようになったな…って。
自分で実感できるほどということはかなりありがとうを発する機会が増えたんだろうなと思うわけで。
そして、この言葉がたくさん自然に出るときは、たぶんいろんなことが大丈夫なときなのかなと思った。
悲しいかな、1番近くに居ながらその言葉が一切交わされない関係もあるわけで…
だから、ありがとう、は幸せの測りなんじゃないだろうか、と思った。
そしてまた、ありがとうは、"有り難し"、つまりなかなか無い、ということだから、今このことがあるのは当たり前でないことを実感しているということ。
10年前の私より、今の私の方が圧倒的にその有り難さ、というものを分かっているんだな。
当たり前でなく、素晴らしく尊いものだと気づける。
同じ物事が、測りが変われば重く変わる。
その有り難さに気づくのに、ある程度の土星(忍耐、我慢、しんどいけど頑張る)の経験が必要不可欠だったんだな、ということも分かった。
それを超えてこそ行ける場所がある。